第9夜 〜 紅一点的『二時のワイドショー 心霊特集』 〜
( 2006/08/21 Up! )
やぁ、薔薇の館へようこそ。
ちびっ子達は、慌てて夏休みの宿題に取り掛かっているのでは?
8/31までに全部終わらせよう、なんて考えるのはおよしなさい。
9/1、不景気なツラの教師共に向かって
「全て忘れました!」と満面の笑み&仁王立ちで言い放ち、
クラスメイトの熱い視線を浴びた方が、気持ちいいぞ!
次の日から、君の下駄箱にはラブレターがあふれること間違いなし!
さ、そうと決まれば、おやつのスイカの後は昼寝だ。
特別に隣の寝室を貸してあげよう。
私事で恐縮ですが、まずは個人的な話から。
最近祖母が亡くなりました。
遠方に住んでいたので、年一回会うか会わないかでしたが、
子供の頃はとても可愛がってくれた祖母でした。
そして、通夜&告別式を終えてトボトボと家に帰った直後、
実家の愛犬も亡くなったとの知らせがぁぁ。
私が実家を離れてから飼った犬なので、こちらも会う機会は年数回でした。
でかい図体のくせして大人しく、
野良猫に餌を横取りされても困った顔で見てるだけ。
しかし、よく言うことを聞く可愛い奴でした。
重なる時は重なるもんで。。。
二人(「一人と一匹」ではない)とも平均寿命まで生きたし、
それなりに前兆はあったので「ショックで号泣!」って、
ひと頃のシブがき隊の曲名のような気持ちではなかったのですが、
やはり凹みますなぁ。
とは言っても、湿っぽい話をしようというのではNothing。
夏に相応しく『霊とは何か?!』ということを追究してみようと。
え? 十分湿っぽいじゃないかって?
ご心配なく、セニョリータ。
以前から再三再四申し上げている通り、
私、生まれも育ちも葛飾柴又、ではなく
霊感きれいサッパリ無しよ星雲の出身。
湿っぽくも怪しくもないことを保証しまっせ。
さて、事の起こりは通夜の晩。
翌日の告別式に備え、祖母が暮らしていた叔父の家に泊まることに。
夜も更けてきて、私はどの部屋に寝るんだ? などと話していたとき、
叔父がニヤリと一言、
「何なら、ばあさんの部屋で寝るかい?」
もちろん冗談で、ですよ。以下その続き。
私:じゃあ、折角だからそうすっかなぁ。
叔父:夜中にばあさんが出てきて頬ずりするかもな〜。
私:冥土の土産に、それくらいさせてやるさ。
叔父:そりゃ、ばあさんも喜ぶだろうよ(笑)。
私:なら本望だよ(笑)。
と、まぁ他愛の無い親類間の会話ですが、問題はここから。
その家には20歳代と女子高生の従姉妹がいるのですが、
この会話に対するこいつらの反応が私の気に止まったのです。
「気持ち悪〜い。私なら絶対イヤ! 信じられな〜〜い」(若い娘風に読むべし)
と、これは本気で言ったみたいですな。
そう、この感覚がわたしにはサッパリ分からなかった。
何故「気持ち悪い」のか??
もしかしたら、最近辛口の酒が減ったとお嘆きの貴兄は、
「死んだばあさんが『再び現れる』のが気持ち悪いと言ったんだよ。
そんなことも分からないのか?」
と仰るかもしれません。
ふむふむ。そうですねぇ。
確かに、私とは何の関係もない平将門やジェイソンやダミアンが枕元に立っていたら
腰を抜かして失禁した挙句に、卒倒するでしょう。
しかし、相手はMyばあさん。それが何故「気持ち悪い」んだ?
再び、コーラの味が子供の頃と変わってるよなぁ、とお嘆きの貴兄は、
「違うってば。ばあさん自体でなく、
そういう『不可思議な現象』が気持ち悪いんだって!」
とのたまうかもしれません。
ほうほう。なるほどねぇ。
しかし「人間には解明出来ていない現象」=「気持ち悪い」のであれば、
天文学者は気持ち悪くて、望遠鏡など覗けないことになります。
だって、人間は広大な宇宙のホンの一部分しか知らないのですから。
望遠鏡を覗いた人達が続々と倒れて救急車で搬送、
被害拡大を懸念した政府当局は、望遠鏡回収命令を発令。
なんてニュースはトンと聞いたことがありませんぜ、セニョール。
・・・と、いつもの如く屁理屈をこねてみましたが、
結局何が言いたいか?
そう。死んだばあさんが、例え夜中にひょっこり現れても、
それが「気持ち悪い」訳がない! と言いたいのです。
ここで話を分かりやすくするために、
「気持ち悪い」=「怖い」と置き換えてみます。
例えば、自宅に何故か自爆霊もとい自縛霊が居て、
夜な夜な枕元で恨み言をブツブツ、となれば確かに私だって「怖い」。
はっきり言ってかなり嫌です。
なぜなら、その人(?)は私とは何の関係もないのですから。
しかし、もしMyばあさんが夜中に枕元に立っていたとしても、
かなりビックリするでしょうが「怖く」はない。
何かこの世に未練があったのかもしれませんが、
だからといって、私に危害を及ぼすはずがない。
なぜなら、私はばあさんを知っているからです。
優しかったことを知っているからです。
現実的には、
霊感ゼロ星人の私には、一生霊の「姿」は見えないでしょう。
また、その存在理由も分かりませんし、その仕組みも分かりません。
しかし、上記の様につらつら考えてみると、
「私にとっての『霊』」とは何か? が見えてきます。
(ここでは「私に関係あった人の場合」に限ります)
それは「思い出」に他なりません。
例えば、ふと、ばあちゃんや愛犬のことを思い出します。
一緒に過ごした時間を思い出します。
良い思い出ばかりとは限らないはずなのに、
それらすら今思い出すと何故か微笑ましい感じがします。
そして、特に落ち込んでいる時などは、それで気分が楽になったりします。
何故楽になるのか? は分かりませんが、少なくともこれは言える。
思い出は、写真の様に「止まった」ものなどではなく、
今も私にパワーをくれる「生きた」ものなのです。
霊感ゼロ星人の私は
思い出こそが「私にとっての『霊』だ!」と言って憚らないのです。
目には見えないけれど、私が元気で過ごせるように協力してくれて、
その姿を見て『霊』も喜んでくれているなら、
こ〜んなに円満なことは他に無い。
そう思いません?
・・・とは言うものの、季節は私の大っっ嫌いな夏。
お昼寝大魔王の面目躍如で、
エアコンにあたりながらダラダラ自堕落に過ごす有様に、
流石のMy『霊』も叱咤激励にはかなり手を焼いているのでは?
と不遜にも思う今日この頃なのでした。
∴たまには墓参りに行きましょう。
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